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プロビデンス島近郊・第7留置所警備隊への配属を命ずる
プロビデンス島はウエストブルーに位置し、一年を通して温暖で言ってしまえば田舎だ。
留置所といっても小物がほとんどだし、移送の中継地点としてしか使われない。
なぜこんなところの警備隊に配属されたのだろうか。
先週、近頃勢力を拡大しつつあるナッソー海賊団の潜入捜査を終えて
申し訳程度の休暇をもらった。
休暇を終えると待っていたのは今までの仕事とは無関係の警備隊への配属
海軍に入りたての新人がやるような任務になぜ、ある程度のキャリアを重ねた自分がやらねばならないのだ。
やれと言われるならやるが、上司に1つや2つ文句も言いたくなる。
「納得いきません。」
「まぁそう言うな、今回は少し毛色が違うんじゃ。」
「どういうことですか、ガープさん」
マリンフォードへ出向いた俺は一直線に直属の上司の執務室へと足を運んだ。
扉を開けると珍しく、上司は煎餅をかじりながら書類を片付けていた。
”伝説の英雄・ガープ中将”
海軍に入ってから俺はこの人に育てられ、直属の部下として動いている。
最近はもっぱら影で動くことが多くなったが、懐刀として重要なことを任されることが多くなったと自負している。
だが、今回のこの任務はあまりにも軽すぎる。
「第7留置所はのんびりできていいぞ〜海の色も格別じゃ。」
「休暇の延長って事ですか?」
「それもあるがな、それだけじゃない。1ヶ月後、大物がインペルダウンへの輸送に伴い中継留置される予定なんじゃ。」
「大物?」
「今のところは極秘裏に動いていることじゃ。お前には事前に入ってもらい、留置中の警護を頼みたい。」
「で、大物っていったい誰です?」
「オハラの生き残り、じゃよ。」
「………」
わずか8歳で賞金首になった、オハラの生き残りニコ・ロビンか。
15年前のあの事件はまだ5歳かそこらだった俺も覚えてる。
悪魔の子と言われた少女の手配書を見たとき、一体何をしたらこんな悪人になるんだと思ったが
大人たちは何も教えてくれなかった。
教えられなかったのか、自分たちも理由がわからないから。
一般市民はただ世界政府に楯突き、逆燐に触れた愚かな科学者たちと認識し、政府の言うことを無条件で受け入れるしかないのだから。
「長年の搜索の甲斐あってノースブルーで捕らえたそうじゃ。」
「ふーん。で、俺は表向き新人として配属され裏でニコ・ロビンを監視しろってこと?」
「そうじゃ、お前は表だっての階級もないしのう。わしが動くと周囲に勘付かれてしまう。」
「オハラの知識を欲しがる奴らはいくらでもいるしね。」
「留置期間は3日間じゃ。頼んだぞ、」
「イエッサー、ガープさん」
おかきを勧められ茶とすすり、しばらくまったりさせてもらった後
その足で俺は第7留置所へ向かった。
ニコ・ロビン、一体どんな女なんだろうか。
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「おい、新入り!ちゃんとここも掃除しとけよー」
「イエッサー、すみません!」
第7留置所は聞いていた通りの田舎で、海の色が美しかった。
配属先の先輩方の人の良さも心地よかった。
こんなにのんびりしたところで働いてたら刺が全部とれてしまいそうだ。
収容されている犯罪者も、島で食い逃げしたとか
食うに困って畑を荒らしただとか
平和以外の何ものでもないと思ってしまうのは俺だけなのか。
確かに、こんなところにニコ・ロビンが一時収容されるなんて誰も思わないだろう。
当てられた自室で書類作成、伝令書の整理をなるべく時間をかけて行っても暇を持て余してしまう。
今までの仕事を考えるとこんなに暇なことがあった試しがなく
ワーカーホリック気味な俺にとってはなんとも耐え難い。
やっとニコ・ロビン留置が明日へと迫ってきた。
この退屈な時間のあいだに、オハラの悲劇やバスターコール発動について調べれる範囲で調べた。
古代兵器のありかを示すポーネグリフを解読し、世界滅亡を目論む悪魔たちがオハラの研究者で
政府はそんなマッドサイエンティスト達を正義の名のもとに殲滅した。
その時、ただひとり逃げ延びた科学者が当時まだ8歳であったニコ・ロビン
古代文字を読むことができ、ポーネグリフ解読が可能なこの危険分子を政府は7900万という異例の懸賞金を賭け
抹殺しようとしたが、捕まるには至らなかった。
裏組織をわたり徐々に力をつけたこの悪魔をやっと手中に収めることができた。
そりゃ逃がしたくないだろう。
「しかし…科学者ってのは考えていることがよくわからないな。世界を滅亡させてどうしようってんだろ。」
絶対正義の名のもとに、か。
「こいつは、世界を恨んでるんだろうか。」
※ ※ ※
昼前に海軍中型船が第7拘置所に停泊した。
見た目は一般的な海軍船だが、海楼石で出来た対能力者専用の牢屋が船底に設置されている。
備品の補給や船員の交代、引き継ぎが終わり次第出発するとのことで
予定は3日間ではあるがおそらく短縮されて出発するだろう。
俺の任務は停泊中の警備し、次の島まで同乗し引き続き警備に当たる。
補給品リストの確認や調達、船体の掃除などで第7拘置所所属の手の空いた海兵たちは駆り出され
俺も新入りとして掃除を任された。
中型船とはいえ海軍の船は海賊との交戦を想定されているため一般的な船より大きく作られているため
かなり掃除には時間がかかる。
気合を入れて甲板を磨いていると先輩から船長室の掃除をするよう声をかけられた。
やっと本来の任務の引き継ぎがはじまる。
「停泊中は引き続き船内の牢屋に留置します。ここの留置所内の牢屋設備では簡単に抜け出されてしまいますので。」
「わかりました、牢屋の鍵はどこに?」
「鍵は船長である私が持っております。停泊中は引き続きなどの仕事がありますのでさんに預けさせてもらえれば助かるのですが。」
「いいですよ、じゃあ俺が持っておきます。」
「さんなら安心です、なんたってガープさんの片腕ですから。」
「買いかぶりすぎですよ、まだまだあなたの足元にも及びません。」
「ははは。ではなるべく早く出発できるようにしますので次の島までよろしくお願いしますよ。」
海軍入隊初期からお世話になっている少将から鍵を受け取り、船内へと足をすすめる。
この人がキャプテンの船なら安心だ。
体術がとにかく強くてよく組手訓練の相手をしてもらってたな。
年も比較的近くて、兄がいたらあの人みたいな感じなのかなと思う。
あの人のためにも今回の任務は失敗できないな。
船底の牢屋へと案内され、外へとつながる唯一の扉に鍵がかけられた。
ニコ・ロビンの監視には牢屋前に24時間常に海兵が配備され
牢屋へとつながる鉄製の扉には外側から鍵をかけられ、次の交代者が来るまでは決して開けられることはない。
もちろんこの扉にも海楼石が含まれている。
交代は12時間毎で、俺は基本的に夜の見張りを任されることとなっている。
まぁ、ここは日が差さないから昼も夜も変わらない。
薄暗く僅かな光しかない重々しい鉄格子の向こう側にぼんやりと人影が浮かぶ。
こいつが、ニコ・ロビンか。
「やぁ、こんばんは。」
「………」
「俺は・。おまえはニコ・ロビンだな。」
「………」
「あれ?喋れないのか?それとも海楼石が効きすぎてるのか?」
「………」
完全無視か。
鉄格子の前には見張り用の机と椅子、机の上にはランプが設置されており
奥には簡易キッチンが設置されている。
この船では人の出入りを最小限にするため食事は見張りの海兵が犯罪者の分も作り提供する。
中には犯罪者への食事を作らずに飢えさせたり、海楼石で動けないことをいい事に無体を働く奴もいると聞くが
上は黙認している。悪しきシステムだ。閉鎖空間では何をしたかを立証するのが難しい。
あの人がキャプテンのこの船なら、そこまで酷い扱いは受けてはいないと思うが
それでもニコ・ロビンにとっては辛い環境だろう。
「飯食べる?早速で悪いけど俺腹減ってるから夕飯作ろうと思うんだけど。」
「………」
いくら話しかけても一向に返事はない。
食材の減りから見て、飯は一応は与えられている様子だ。
女が生活の全てを24時間監視されてちゃいくらなんでも可哀想だと思うんだがなぁ。
犯罪者は憎むべき存在であるとは思うが、だからって無碍に扱っていいわけじゃない。
一番最初にガープさんから教えられたことだ。
そんな事をつらつら考えつつ、簡単な食事を作っていく。
まだ物品の補給が終わっていないためここの食料は保存食ばかりだ。
新鮮な野菜や果物は人には必要だ。陽の光も。
しなびたほうれん草と干し肉で作ったスープ、申し訳程度のドライフルーツにパサパサに乾燥したパン
どうにかこうにか食事らしいものを作り、ひとつは牢屋内へ置き
俺は椅子に座りもそもそと食事をはじめた。
「食べないの?あんまりいい食材なかったけどまぁまぁだよ。
朝にはいろいろ補給されると思うから今日はこれで我慢してくれ。」
「………」
「あ、毒とか入ってないよ。心配なら今俺が食べてるのと交換しようか?」
「………」
「そうだよな、敵に出された飯って食うの怖いよな。食べかけで申し訳ないけど、ちょっとしか食べてないから。」
牢屋内の食事と自分の分を交換し、再び椅子に座る。
ニコ・ロビンは俺がここに入ってきてから一歩たりとも動いていない。
顔は伏せており表情もわからず、顔色もわからない。
報告ではニコ・ロビンはこちらからの食事にはまったく手をつけていないらしい。
食事を取らずに餓死しようとしても船医によって強制的に栄養剤を点滴される
生きて捕らえた犯罪者は海軍の面目を保つため決して裁判が終わるまでは死なせてはいけない。
「口から食べたほうが体にいいよ。点滴だけだと免疫力も下がるし。」
「………」
「まぁ気が向いたら食べな。」
ピクリとも動かない体へ声を投げかけ、俺は食事を進めた。
見張りは精神力使うからあんまり好きじゃないんだよな。
一応は本を読んだり、他の仕事をしてもいいことにはなっているが
寝ちゃダメだし、他の仕事に集中しすぎてもダメだし。
俺は見張りのあいだに読もうとオハラの研究者達について書かれた資料を持ってきた。
マリンフォードの図書館から拝借してきたもので、一般海兵は閲覧が禁止されているものだ。
当時の海軍の動きが記載されており、バスターコール発動の経緯、当時の指揮官や参加した者の名前が記されている。
何度読んでも何故か俺はこの事件の全容がつかめなかった。
重要な核となる部分がこれには記されていない。
何故、オハラの殲滅が命ぜられたのか
古代兵器を利用して世界滅亡を目論んでいる科学者は確かに悪だ。
だが、まだ古代兵器を見つけたわけでも宣戦布告を出したわけでもない国に
バスターコールまで発動するのはやりすぎな印象を受ける。
ポーネグリフの解読は禁止されているがそこまでしなければならないことなのだろうか。
オハラは、見せしめとして殲滅させられたのか?
まさか、悪を正す絶対正義を掲げている海軍が一般市民に対してそんなことをする筈がない。
既にオハラは古代兵器を手に入れていたのだろうか
真相は報告書だけでは全くわからない。
その真実を知る当事者は目の前にいるニコ・ロビンだけなのだ。
真正面から聞いたって真実は喋らないだろうけど
俺はこの機会に聞いてみたかった。
あの時、オハラで一体何があったのかを。
船底の牢屋の為、波の音が嫌というほど聞こえる。
会話をする事のないこの場にはただ波の音だけが響いている。
おそらく外では人々は寝静まっている頃だろうか。
気づかないうちにすっかり資料を読むのに集中していたようだ。
ふと顔を上げると置いた食事は手つかずでそのまま置いてあった。
やはり食べない気だろうか。
そういや若い海兵がキレてむりやり食事を口に流し込んだっていう報告もあったな。
「飯、食わねぇの?スープ温めなおそうか?」
「…あなたは、私を人として扱おうとするのね。」
「おお、喋った。そりゃなぁ、いくら犯罪者でも人間は人間だろ。腹も減るし眠くもなる。」
「そうやって優しさで私を手懐けて、オハラの情報を聞き出そうとしてるのでしょう?」
「いや、そういうわけでは…」
やや図星ではあるため口ごもってしまった。
ニコ・ロビンは鉄格子の近くへと寄ってきて
妖艶な笑みを浮かべ俺を見上げた。
「手を組みましょう?私を逃がしてくれればオハラの知識をあなたに与えてもいいわ。」
「はぁ?」
「悪い話ではないと思うわよ。どう、海兵さん?」
「どうって言われてもなぁ、俺はオハラの知識には興味ないんだ。
俺が興味あるのは15年前のあの日、オハラで何があったのか。その真実を知りたい。」
「……そんなことを知ってどうするの?」
ニコ・ロビンの表情が消える。
取引を持ちかけていた時の妖艶で温和な雰囲気は消え
殺気の混じった鋭い視線が俺に向けられる。
「当時の資料を読んでも、いまいちよくわからないんだよ。何故オハラは殲滅させられたのか。
ポーネグリフの解読はそれほどまでに罪なのか。」
「………」
「俺が思うに海軍が一般市民に対してこんな強硬手段を取るとは思えない。実は既にオハラの科学者たちは古代兵器を入手していたんじゃないか?
そしてお前はその古代兵器の隠し場所を知っているからこそ政府は懸賞金をかけて探してるんじゃないか?」
「ふふふ、貴方は何も知らないのね。」
「なんだと?」
ニコ・ロビンは笑いが抑えられないという様子だ。
だがその笑いはとても乾いていて、あきらめが混じっている。
「いいわ、教えてあげる。あの時海軍が私たちに何をしたのか。」
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