信念とは何か
信じるもの、目指すもの
口に出すのは簡単だけれど
その実態を掴むのは容易ではない
俺は掴めているのだろうか
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初夏の日差しが降り注ぐ甲板の手摺に背を預け
眠る直前の夢現のまどろみを楽しむ。
今の俺はおそらく腑抜けな役立たずだろう。
久しぶりの何にも怯えない日々が心地よくて何をする気にもならない。
次の島でこの船を降りる。
そして海軍本部のあるマリンフォードへと向かわなければならない。
覚悟を決めたつもりでも
土壇場になって怖気づいてしまう。
こんな弱い自分でも麦わらは必要としてくれた。
寂しいと口に出すことさえできない自分を抱きしめてくれた。
これほどの幸福がこの人生にあっただろうか。
今の俺は満たされている。怖いほどに。
「ん…」
「起こしちまったか?」
「麦わら…?」
「寝てていいぞ。オレも寝る。」
一人でいると必ずと言っていいほど麦わらが俺を見つけてくれる。
そして寄り添い、触れる肩からの暖かさが俺を安心させる。
手を、繋いでもいいかな。
そっと無造作に投げ出されている麦わらの手に自分の手を重ね握る。
麦わらの体がぴくりと動きそしてより強い力で握り返された。
ああ、耳が熱い。
「あーもう、やってらんないわ。」
「可愛らしいわね。」
「こんなにイイ女2人もがいるってのに!見せつけてくれちゃって!」
「うふふ、妬かない妬かない。」
ナミとロビンの関係は海兵とルフィの告白劇をきっかけに密になった。
唯一の女同士ということもあって仲良くティータイムを楽しみ話に花を咲かせている。
ウソップとチョッパーが釣りをして
ロロノアが重りを振る音がわずかに聞こえ
台所からは洋菓子の焼けた匂いが漂ってくる。
こんなに日だまりの似合う海賊もそうそういないだろうな。
「次の島は…ああ、ここなら大丈夫。海軍が常駐していないところだ。」
「そうなの?じゃああんまり期待できそうにない島ね。」
「まぁ、情緒あふれる片田舎って感じのとこだよ。野菜と果物はいいもの揃ってるよサンジ。」
「おお、そりゃあ楽しみだ。ピュアなレディたちとディナーにでも行きたいもんだぜぇ!」
上陸する島についての話し合いはナミを中心に食料調達のサンジとこの辺の俺と3人ですることが多くなった。
俺はこのあたりの海域なら知識があるし、海軍の情報なら完璧だ。
ニコ・ロビンだってある程度知ってるくせに積極的には参加してこず、煮詰まった時にヒントを出してくる。
聞いてるんだったら最初から参加すればいいのに。
次の島は、俺がこの船を降りる島だ。
ここからマリンフォードに戻って、答えを出さなければならない。
俺の信じた正義の本質、それを確かめに。
この船に、再び戻ることができるだろうか。
戻りたいという気持ちも、海軍への信頼を願う気持ちも
どちらも混在するこの胸の内を話してしまえば
強い力で麦わらは光の方へ導いてくれるだろう。
それではいけない。
俺は俺の孤独と葛藤を俺自身で解決しなければならない。
俺がしないといけないんだ。
上陸の準備が整い、船は港に錨を下ろした。
それぞれが各々の目的のために船から降りていこうとする。
麦わらは俺の腕を掴んだまま離そうとせず、口を固く結んでいる。
「麦わら」
「いやだ」
「頼むよ」
「ダメだ」
麦わらの腕にそっと手を添え、温度を確かめる。
顔を見るとここに残りたいと思ってしまう。
できる限り、お互いに顔を背けたまま立ち尽くす。
このままこうしていても埒があかないなぁ。
「なぁ、麦わらのルフィ。俺は海兵として賞金首のお前を捕まえなけりゃいけないんだ。」
「お前は俺の仲間だ、もう海兵じゃない。」
「まだ、海兵なんだよ。俺はまだ海兵だ。だからケジメをつけさせてくれよ。」
「絶対に戻ってくるか?」
「…それは約束できない。」
「じゃあイヤだ!」
「麦わらのルフィ!!!」
麦わらの腕を力いっぱい振り払い、背けていた顔を上げ真正面で睨みつける。
ああ、そんな泣きそうな顔するなよ。
俺も俺で覚悟を決めなきゃいけないんだ。
一歩を踏み出すために。その背中を押してくれたのはお前なんだから。
「俺は、海兵として俺の信じる正義があるかをこの目で確かめてくる。
もし、そこに正義がなかったとしたら俺は海兵を辞める。」
俺を救ってくれた海軍をすんなり辞めれるとは思わない。
それでも、俺は救われたい。
救いはすぐそこにあるんだ、すべてを照らす太陽のようなこの男の元に。
「そのときは、俺を仲間に入れて欲しい!頼む、キャプテン!」
「…あたりまえだ!!」
「ありがとう、ルフィ」
麦わらのクルー達を見渡し、頭を下げる。
何も言わず微笑んで送り出してくれるこいつらは本当に気持ちのいい奴らだな。
ロロノアだけは射殺すような目で睨んでるけど。
ニコ・ロビン、また会える時を楽しみにしてるぜ、お互いに抱えてるもん全部手放せたら
その時は一緒に酒を飲もう。
「じゃあ、また会う日まで!」
「絶対戻ってこいよ!!!絶対だかんな!!」
手摺に足をかけて船を飛び降りる。
麦わらはほとんど泣きべそかきながら叫び続けている。
ありがたいなぁ、愛されてるんだな、俺。
目指す帰路はマリンフォードへ。
俺は俺の信じるものを信じたい。
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