香ばしい匂いに意識が引っ張り上げられる。
空っぽの腹には辛いくらい食欲をそそる匂いだ。
マルコはゆっくりと瞼を上げていった。







青い鳥はとんでいった 2





目を開けた先に男の姿は見当たらない。
起き上がろうとするが、幾分痛みはましになったといえど力が入らない。
自己治癒もある程度体力がなければ使えないものなのだと自分でも初めて知った。


「お、起きたか!ちょうど飯の支度で来たとこだよ〜ん!」

「くぇうぃ・・・(そりゃちょうど良かったよぃ)」


男はベッドの足もと側にある出入り口から両手に食事の乗った皿を持ちながら入ってきた。
よく見ればここは山小屋の様だ。

決して広くはないが人一人暮らすには十分だ。
ベットの足もと側に出入り口、頭側に水道のようなものが見えるが使っていないのかひどく錆びついている。
正面にはテーブルがあり、その向こうの床には雑にたたまれた毛布が見える。
おそらく男は床で寝起きしているのだろう。
自分がベットを取ってしまっているせいで男が床に寝るはめになったのだと思うと申し訳なく思う。




「よし、食べよう!」


男は何が楽しいのかニコニコと笑いながら何枚かの皿をマルコの元へと持ってきた。
そして、皿の上をみたマルコは絶句した。





「やっぱさぁ、鳥って虫食うんだろ〜?こんだけ集めんの苦労したんだぜ〜」

「くぇぇぇえええ!(ひぃぃぃいいい!)」





皿の上に乗っていたのはそれはもう色鮮やかな六本足の甲殻類から
にゅるにゅるとのたうち回る親指ほどもあるミミズらしきもの
足が無数にあるムカデらしきもの
それらが一つの食器の中にひしめき合っていた。

虫は苦手ではない筈のマルコでさえ気持ちが悪い光景だった。





「そうかそうか嬉しいか〜集めてきたかいがあるぜ〜。はい、あーん」

「くぇうぇうぃえええ!(無理無理無理!)」


何を勘違いしたのか、男は嬉しがっていると思い、白く立派なカブトムシの幼虫のようなモノをマルコの口へと運んできた。
当然食べれるわけもなく、マルコは力の入らない体を必死によじり避けた。



「どうしたんだ?あ、これ嫌いか。しゃあこっちは・・・」

「ぐええぇぇあああ!くぁぁああ!(そういう問題じゃねぇよぃ!やめてくれぇぇええ!)」




何種類かの虫を口元に押し付けられたが、渾身の力で顔をそらし続けた。
おそらく傷口が少し開いただろうがそんなことを言っている場合じゃない。
テーブルの上にはうまそうにこんがりと焼けた肉やみずみずしい果物が並んでいるのに、何が悲しくてこんな
いかにも毒を持っていそうな虫たちを食べさせられなければならないのだ。


「もう、なんで食わないんだよ。怪我治んないぞ?」

「くえ、くえぅい!(あっちのを食わせてくれよぃ!)」


マルコは必死に口ばしでテーブルの上をさし続けた。
そしてその願いはようやく男に届いた。


「ん?あっちの方がいいのか?でもあれ鳥だぜ、共食いに・・・」

「くぇ!くぇ!(ならねぇよぃ!あっちが良い!)」

「わかったわかったよ、じゃあ虫いらねぇの?折角集めてきたのにもったいねぇな〜」

「ぐぇえええ!(じゃあお前が食ってみやがれ!)」









男はしぶしぶと虫たちを外へと帰しにいった。
マルコは安堵のため息をついた。
そこからの食事は非常に和やかに進んでいった。

「いっぱい食えよ。」

男は動けないマルコの口元に食べ物を運んでくれた。
鳥の姿のままでは食べにくかったが男のおかげでなんとか食べれる。
何日かぶりの食事はとても旨かった。
マルコは夢中で食べ続け、男はその様子を嬉しそうに眺めていた。


「やっぱ、誰かと一緒って嬉しいもんだな。」

「はぐはぐ・・・?」

「俺さ、この森で一人だったからちょっと寂しかったんだ。」


男の話はこうだった。
男は驚いたことに海賊船の戦闘員をやっていたらしい。
そこはそこそこの大所帯でいくつかの小隊に分かれており、男はそのうちのひとつの小隊長を務めていたらしい。
ある晩、海は大荒れに荒れていた。
航海士の指示の中、全員総出で船を操っていた。
甲板で作業していた男は運の悪いことに高波にのまれてしまい海へと投げ出されたのだという。

「気づいたら俺はこの島の海岸に流れ着いていた。まったく、運が良かった。」

「・・・」

「それに、この小屋もあったし。この小屋は昔、生態調査団が使ってたらしくてさ。ボロいけどベットも着替えもあったから不自由なことはねぇんだ」

前向きな考え方だ。
もとからこの男の性格なのか。
いや、そう思わなければ不安と孤独に押しつぶされてしまうのだろう。





「(たいした精神力だ)」

「でもこの森の動物はちょっと凶暴で懐いてくれなくて寂しいなーなんて思ってたら、お前が現れた。」


男はマルコをじっと微笑みながら見据えた。
その瞳は嬉しいという感情を隠すことなく光っている。

「すごく綺麗だった。だから生きてほしかったんだ。お前が空を飛ぶところを見てみたいと思ったから。」

マルコは胸が高鳴った。
今までにこんなにも真っ直ぐに賛辞を言われたことはなかった。
不死鳥の姿を恐れたやつは大勢いたが美しいといったやつは数少ない。

男はベットから立ち上がり、照れくさそうに笑った。




「鳥相手になにいってるんだろ。なんかお前言葉わかってそうだからついつい話しちまう。」

「くぇえ(ちゃんとわかってるよぃ)」

「はは、よしよし。早く元気になれよー。」





男はマルコの頭を撫で、食事の片づけをしに外へと出て行った。
扉から覗いた空は夕暮れだった。

空腹を満たしたマルコの体は再び眠りを欲していった。



←back top next→