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「ルフィ、手加減なしに殴ったんだな。」
「そうだね。すっごく痛い。」
腫れた頬に湿布を貼って
切れた口元も血止めを塗ってくれた
痛み止めの薬も飲ませてくれたからずいぶん楽になった。
処置具の片付けをするチョッパーの後ろ姿をぼんやりと眺め
何も考えたくないなぁと独りごちる。
医務室といってもメリー号のキッチンの一角で毛布にくるまってるだけだ。
「ルフィは理由もなしに殴るような奴じゃないぞ。」
「うん、わかってるよ。」
「でもお前が何かしたようにも見えない。」
「…ごめん、チョッパー。今は何も考えたくない。」
「そっか。」
ちょっと眠ったほうがいいぞ。
夕食まで寝てたら男部屋に運んでやるから
ちゃんと寝るんだぞ、わかったか。
「はいはい、ありがと…」
すっと、深い眠りに落ちていった。
チョッパーの飲ませてくれた薬に眠剤も混ぜてたんだな。
久しぶりに周りの音が聞こえない眠りについた。
海兵、怪我は大したことないけどあんまり寝てなかったみたいだ。
そっちの方が深刻なんだ。
身体の怪我は医者のチカラで治せるけど心の中や眠りの病は専門の勉強しなきゃわからない。
俺はまだそっちの分野は勉強中だからわからないことが多い。
ああ、チョッパーが俺のこと話してるのか。
そんな深刻にならなくてもいいのに。
「精神も病んでないし、睡眠障害でもないよ俺は。」
「海兵、起きてたのか!」
「いまおきた。ウソップごめん、水くれない?」
「お、おう!」
コップを受け取り一気に飲み干す。
ぐるりと見渡せばクルーの皆さんがお揃いだった。
麦わらはいないみたいだ。
「眠りが浅いのは職業柄だし慣れてるから大丈夫だよ。」
「でも…」
「疲れてるのは別の理由。麦わらのせいだから気にすんなよチョッパー」
「それが昼間の喧嘩の原因ね。」
「こんな時代に真っ当に生きてるやつの方が少ない。あんたらの船長は眩しすぎるし、お節介だな。」
「まぁね。否定はしないけど、でもルフィがこんなに他人に固執したのははじめてなのよ。」
「いい迷惑だ。」
オレンジの女は呆れたようなため息をつく。
私以外ちょっと出てってくれる?この人と話があるから
2人きりにされたこの部屋は異様にピリ付いた雰囲気になる。
値踏みするような視線
俺は、この視線が大っ嫌いだ。
いい加減自分の素性を明かせってことなのか
そんな必要もないだろに。
そんなにキャプテンのことが大事かね、君たちは。
「俺のことが、聞きたいの?」
「ええ。できればすべて。」
「聞いたって面白いことなんてないのに。」
「あんたを知らなきゃ、こっちも困るのよ。敵か味方かすらわかんない相手にどう接すればいいのか困ってるの。」
「敵か味方か…ね。敵でもないし味方でもないじゃ、納得してくれないの?」
「その中途半端さが一番腹立つのよ!」
パン、と湿布の貼られていない頬から乾いた音がする。
どこまでも自分勝手だ。
俺は殺さないでと命乞いをしたわけでもないし
この船においてくれと頼んだわけでもない。
降ろしてくれといっても降ろしてくれない。
殺されたって構わないのに。
なんでこんな俺を、海兵を真っ当に扱おうとするのか。
俺の方が困ってるよ。
「いいよ、なんでも応えるから聞いて。」
「じゃあまず、あんたの名前は?」
「名前は教えてあげない。」
「はぁ!?」
「それ以外ならいいよ。」
「なんか、調子狂うわね…じゃああんたの経歴全部話して。」
不躾な聞き方だこと。まぁいいや。
まず俺は12のときに海軍に入った。歳は25になったかな。
俺の海兵としての仕事は諜報活動
簡単に言えばスパイか。
こんな少数精鋭の海賊じゃなくてもっと大所帯の海賊に紛れ込んで情報を引き出したり
港の噂話とか海賊以外の怪しい奴らの情報とか
情報収集が主な仕事だ。
単独行動することが多いから、あんたらを見つけた時も一人だったんだよ。
「階級はないよ。表立った海兵じゃないからね。」
「そう…聞いたところルフィが興味持つような話はないわねぇ。」
「…そんなに麦わらが大事?」
「あたりまえじゃない、あんなのでもうちのキャプテンなんだからね。」
「そんな大事なキャプテンをかき乱す俺が目障りってことね。」
「別に、そこまでは言ってないわよ。」
「あのね、そこまで思わないとだめだよ。どうもこの船のクルーって甘い人が多いなぁ。」
「否定できないわねぇ。で、ロビンとはどんな関係?」
「ニコ・ロビンはなんか言ってた?」
「何も。笑ってごまかされたわ。」
「じゃあ俺も言えないな。」
「あんたなんでも応えるって言ったくせにはぐらかしすぎよ!」
「んーだってあいつが言いたくないことを俺が言うのもなぁ。まぁ困るような関係じゃない。」
別に、嘘は言ってない。諜報部員なのは事実だ。
多分麦わらがこだわってるのは、俺がガープさんの世話になってるってことだろうな。
でも麦わらはガープさんには頭が上がらないし、避けてるはずなんだけど。
何をそんなにこだわっているのか。
ああ、それか…
「あいつが俺に惚れたとか?」
「………やっぱりそうよねぇ、そうなるわよねぇ。」
「あぁ、そうか。あいつ俺に惚れてんのか。ははは、だからこんなにしつこいんだ。」
「ばっかみたい。こんなことで私たちが振り回されるなんて。」
「くくく、あの麦わらがねぇ。惚れた腫れたに一番縁遠いような奴なのにな。ははは!」
「あーもう、ロビンの言ってたのはこういうことだったのね。」
「あはははは!あーおもしれぇ!好きな奴をいじめたいだなんてガキのしそうなことだな。」
ああ、そうかそうか。俺に惚れたか麦わら。
なんとまぁ前途多難な恋路だなぁ。
脈なしもいいとこだぜ。
オレンジの女もがっくり項垂れちゃって、可哀想に。
恋心に情緒不安定になって喧嘩ふっかける心ここにあらずなキャプテンだなんてよ。
いまほかの海賊に出くわしたら間違いなくやられちまうな。
「もう、真剣に考えてあげてよ。」
「ははは、悪い気はしないがね。」
「どうすんの?仲間になってくれるの?」
「そうだなぁ…」
「このままじゃルフィはあんたを手放しそうにないわね。」
「でもやっぱ、俺は海兵だ。」
「…そうね。」
「あー…しばらく、考えさせてくれ。悪いようにはしないって誓うよ。」
「わかったわ、振るなら跡形もなくバッサリしてやってあげてよ。」
「悪いようにはしないって。」
ふたりしてキッチンから出るとクルーたちが雁首揃えてお出迎え
あんな険悪な雰囲気だったのに呆れた様子のオレンジの女と
へらへらと笑ってる俺を見て何が何だかわからないって顔をしている。
そりゃそうだろうな。
「ナミさん!大丈夫?変なことされなかった?」
「大丈夫よサンジくん。なんか馬鹿らしくなっちゃったわ!多分この人は大丈夫よ、あたしたちが困るようなことはしないわ。」
「おいおい、本気かよ。あのルフィがあんなに取り乱したんだぞ?こいつが何か仕掛けたに決まってるぜ。」
「あのねゾロ、あれは全部ルフィが悪いわ。多分あんたにもわからないことだと思うけど。」
「はぁ?」
「とにかく、もうこの話はおしまい!もう寝るわ!ロビン、話があるからちょっときて!」
「うふふ、やっぱりそうだったのね。大変ね海兵さん。」
「なんだよ、訳分かんねえよ!」
黙ってろってことか。
ま、言うつもりもないから心配しないでいいよ。
「金髪くん俺腹減っちゃった、なんか食わせてよ。」
「ったく、ナミさんが言うなら信じてやるよ。って誰が金髪くんだ!サンジだサンジ!」
サンジは釈然としないようだ。
俺を敵視するのはやめたようだ。
ほんと、いいやつらばっかだなこの船は。
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