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水平線がどこまでも伸びていて
この世界には海しかないんじゃないかって思う
世界のほとんどが海を中心に回ってる
山賊よりも海賊の方が多い。
海軍だって世界政府の管轄だ。

「海が世界を作っているのかな」

それとも人は海に依存することでしか生きられないのか。
海は人を守ることもあれば人から何もかも奪うこともある
それは海に限らず自然そのものに言えることなんだけれど

「海は広いもんなー」
「そうだよなぁ。海は広くて大きいもんな。」
「海兵は海好きか?」
「俺、海は嫌いだなー」
「そうかーもったいねー」
「お前は?」
「オレは好きだぞ!おもしれーし!」
「だろうなー」

釣れども釣れども魚は掛からない。
風も穏やかな春の気候は惰眠を貪るのにはもってこいだ。
緑髪の剣士はもちろん長っ鼻くんも横でうつらうつらと身体を揺らしてる。
何故か長っ鼻くんあらためウソップは近頃徐々に警戒を解いてくれている。
そういうことされるとこっちも警戒が薄れちゃうからやめてほしいんだけどな。
ウソップの雰囲気はするりと俺の懐に抵抗なく飛び込んでくる。
多分人としての相性がいいんだと思う、多分。
麦わらにも言えることだけど。
ここのクルーは悪意のない奴が多すぎるんだ。
利用してしまおうか。そんな邪な考えすら起こらないほど真っ直ぐだ。
それが俺にとってどれだけ恐怖なのかこいつらはわかってるのか、わかってるわけないよな。

「まぁこういう海は好きだけどな。」
「えーオレはもっと冒険しがいのある海がいい。」
「そんなんばっかだと疲れるだろ。余裕を持ちなさい余裕を。」
「余裕だぞ!余裕で冒険する!」
「んーそういう意味じゃなーい」
「お前の話は難しいな〜」
「いやいや。至って普通だよ麦わらくん。」

穏やかな日々ってのは心を腐らすから嫌いだったのに。
せっかく磨いた緊張感やらがほどけていく感覚が嫌いなのに
こうも潔く緊張感のなさを晒されると気を張ってる自分が馬鹿みたいに思えてくる。
まぁ思えてくるだけか。ニコ・ロビンやらロロノア・ゾロやら油断できない相手もいるしなぁ。






「なぁなぁ海兵。」
「ん?」
「お前ゾロと仲悪いのか?」
「は?」
「仲間なんだから仲良くしろよー」
「だから、俺がいつ海賊になったんだ。」
「そう決めたからな。」
「……はぁ。」
「ゾロは怒りっぽいけどいい奴だぞ。」
「埒があかないねぇ。」

情に絆されて海賊の仲間になるなんてとんだ笑い種だこと。
海兵の心得として、海賊に捕虜とされたら自決せよ。
そういえばそんなことも教えられたっけ。
ここまで仲間になれといわれたら、ちょっと心が揺らいじゃうじゃないか。

「前に、俺が海兵になった理由聞いたよな。」
「ん?ああ、忘れたんだろ?」
「…それしか、道がなかったんだ。」

あの時の俺にとって前に進むには海兵になるしかなかった。
縋りつける救いの手が海賊だったらきっと俺は海賊になっていただろうけど
それが海軍だっただけのこと。
真っ当な志があったわけじゃなくただ憎しみと強くなりたいという思いだけだった。
だから俺は海兵になった。
望み通りの力を手に入れてもまだまだ足りない。
もっと強くなりたんだ。

「だから俺は海軍を抜けるわけには行かない。」
「強くなりたいんなら海賊でもいいじゃねぇか。」
「そうだけどね、恩義がある。それを裏切るわけには行かないんだ。」
「それだけで海兵を続けてんのか?」
「それだけってねぇ…」




俺にとってそれが全てだ。
死んでもいいようなこの命は海軍に入ることで意味ができた。
忠誠心の刷り込みと言われたっていいさ、あの時から俺の生きる意味は海兵として生きることになったんだ。




「もう前に進んだんならいいんじゃねぇか。」
「…は?」
「前に進むために海兵になったんだろ。」
「ああ。」
「前に進んだんならもう海兵でいる必要ないじゃねえか。。」
「いや、だから恩義が…」
「それは次へ進まない言い訳にしかなんねぇぞ。」

前に進むために海兵になった。
んじゃ前に進んだんなら海兵でいる必要がない。
強くなりたいんなら海兵でいることにこだわる必要はないだろう。
だからオレの仲間になって一緒に海賊やろうぜ。

「は、はは…自分勝手すぎんだろソレ。」
「そうか?俺は俺の道を行くからな。」
「…なんにも知らねぇくせに。」
「うん、知らねぇ。」
「何も知らねぇ奴が口出してんじゃねぇよ。」



何も知らないくせに、何も知らないくせに俺の何がわかる!
適当なこと言ってんじゃねぇよ。
勝手にお前の道とやらを行けよ、俺には関係ない。
お前の自分勝手な信念に俺を巻き込むな。
俺にも俺の道があるんだ!

知らねぇよ。何も知らねぇけどよ。
オレにはお前が自分の道を自分で塞いでるだけにしか見えない。
お前の道はなんだ?何のために強くなりたんだ?
何のために海兵でありつづけるんだ?
オレの仲間にならないならオレを納得させてみろよ!

「黙れ!とにかく俺は海賊なんかにならねぇ!」
「んだと、コノヤロー!海賊バカにすんな!」




頭に血が昇った麦わらは俺の顔面めがけて本気の拳を繰り出してくる。
身を後ろに引き反動で顎を蹴り上げ距離をとろうとしたが
ゴムの腕が脚に巻きつき引き戻され、そのままマウントポジションを取られてしまった。
強かに打ち付けた背中の痛みに気を取られているうちに麦わらの拳が右頬に入る
「いってぇ…」
「仲間になりやがれコノヤロー!」
胸ぐらを掴まれ拳が次々に繰り出される。
油断してたとはいえこうも簡単にマウントを取られるとは
騒ぎを聞きつけた船員たちが数人がかりで麦わらを押さえ込みやっと解放された。
手加減なしに殴りやがって、血とまんねぇぞこれ。





「ルフィ!お前何やってんだ!」
「おおおお落ち着けよ!何があったんだ!」
「だってよ!こいつが訳わかんねぇこといって仲間になんねぇっていうから…」
「海兵なんだから当たり前でしょうが!この馬鹿!」

大丈夫か、とチョッパーに連れられウソップや金髪に取り押さえられて
オレンジの女に説教されてる麦わらを尻目に医務室へと向かう。
ロロノア・ゾロが剣呑な目つきで睨んでいるが
いっとくけど俺から仕掛けたわけじゃないからな。
訳わかんねぇ、なんで俺が殴られなきゃなんねぇんだよ。







「珍しいわね、船長さんがあんなに他人に興味を持つなんて。」
「ほんと、なんだってあんなに仲間にしたがるのかしら。」
「うふふ。人は自分にないものを欲しがるのよ。」
「ルフィにないものをあの海兵が持っているっていうの?」
「儚さや脆さに危うさ。海兵さんも大変な人に魅入られたものね。」
「…わからないわねぇ。私には図太い海兵にしか見えないけど。」
「うまく隠れてるのに船長さんは本能で気付いてしまった。ホント、面白い人ね。」






気付きたくないと思っていたことに遠慮なく土足で踏み込んできやがって。
やっぱり麦わらは嫌いだ。
言われなくてもわかってる
そろそろ、考えないといけないこと
わかってるさ。






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