幼さと無力は罪なのか。
自分の身を守ることを動物は本能で知っているのに
人間だけは未熟なまま生まれて
庇護の下成熟して巣立つことを選び進化した。
どうしてそんな無意味な進化をしたのか。
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夏島が近いのか、積乱雲の連なりが長くメリー号の上に居座っている。
夕立らしい激しい雨がこれでもかと言う程降り注ぎ続けており
しばらく飲み水の心配はいらなそうだった。
甲板にでる者はおらず、それぞれが船内で過ごしており
そのほとんどが食堂に集まっている。
「雨だなぁ」
「雨だな」
「雨だ」
「あーつまんねぇ!」
ウソップは荷物を広げてウソップ工場と称し何やら新しい種を作り出している
チョッパーは手持ち薬の整理をしたり医学書を読みふけったりしている
ナミは海図を書いているらしく製図室に篭りっぱなしで
ロビンは女部屋で読書
サンジはレシピ整理に料理の仕込みで忙しなく動き回り
ゾロは高いびきで転がっている
それぞれが自分の世界に入り込んでいる中
船長のルフィだけはだらだらとぶつくさ愚痴るばかりで
イライラと暇を持て余している。
海兵も食堂の一角を陣取り、ニコ・ロビンに借りた本へと意識を落としている。
「rainbow misuto」という不思議な霧の中に飲み込まれた冒険者の手記で
俺がこの船に乗る前にこの海賊団はこの不思議な現象に巻き込まれたらしい。
チョッパーやウソップが誇張しながらだろうがその時の話を聞かせてくれた。
いいな、楽しそうだ。単純に羨ましい。
いくらグランドラインといえど、そんな不思議で不可思議な現象は滅多にないだろう。
俺も冒険してみたかったと思うのは仕方ないことだ、うん。
けして麦わらの冒険したい病に影響されたわけじゃない、と思う。
いや、仕方ないだろう
この船は考えもつかない事件に数多く巻き込まれていて
その事件の多くは話を聞くだけでも心を踊らされるような夢物語のような
幼い頃に思い描いていた海賊たちの冒険そのものなのだから。
冒険にロマンを感じるのは男なら仕方ないことだ。
誰にしてるのかもわからない言い訳をつらつら考えながら
意識を再び文字の羅列に戻そうとした。
ふと隣に気配を感じて目線を向けると、そこには麦わらがこちらを覗き込むように座り込んでいた。
「うお!びっくりした…」
「なあ、お前何読んでんだ?」
「あ、ロビンに借りた本だけど…」
「ふーん。そっか。」
さして本に興味は無いようで深くは聞かれなかった。
麦わらはそのまま俺の隣に腰を下ろして並んで座る。
こいつに殴られて大騒ぎになったあの時からもう一週間。
コイツが俺に惚れてるとわかってから一週間がたった。
あれから特に態度を変えるでもなく謝るでもなく
ごく普通に何もなかったように話しかけてくる麦わらに何故かこちらがドギマギさせられる。
意識しだすと困ったもので気になってしょうがない。
気付かなかったこともやたら気になり出してしまう。
麦わらは暇を持て余すと必ずと言っていいほど俺の隣を陣取る。
メシ時には食べることが最優先の奴なのに俺の聞きたがる冒険話をウソップやチョッパーに割り込んで話してくる。
そしてなるべく俺の皿には手を出さない。
俺が本を読んでいると大人しく黙って座ってる。
そして、俺に触れようとする指先は少し戸惑ってそのまま降ろされていく事も。
なんだ、なんなのだ。
好きな奴をいじめたい自分勝手な子供のような恋心を踏みにじってやろうと思っていたのに
こんなにもいじらしく初々しい恋を、1億の賞金首がするなんて。
こんな真っ直ぐな感情を向けられたことなんてない俺にとっては戸惑うばかりだ。
可愛いのだ。
この同じ姓を持って数多くの強敵をなぎ倒した力を持つ賞金首の海賊が、こんなに不器用であからさまに好意を向けてくる様が
可愛いくていじらしい思う。
諜報員として生きて、騙し合いのような男女関係しかしてこなかった俺には新鮮でこそばゆい。
が、悪い気はしなくて。参ってしまう。
絆されてしまったのか。健気さに、絆されてしまったのか。
認めたくない気持ち半分、諦め半分でもんもんと過ごす俺を知ってか知らずか
麦わらはずりずりと距離を縮めて
興味なんて無いだろう本を覗き込んでくる。
黒髪に隠れた耳は少し赤い。
「【rainbow misuto】って本だよ。前に冒険したんだろ?」
「ああ、あれか。うん、不思議霧だったぞ。」
「俺おまえらの冒険の中であの話結構好きなんだ。そしたらロビンが本貸してくれた。」
「そうか、冒険の話ならいっぱいしてやるぞ!船でおでん売ってるおっさんとか宝箱に身体がハマって出れなくなったやつとか、あとネジ巻きの機械だらけの島とか!」
「船でおでん?なんだそれ?」
「まだイーストブルーにいてサンジが仲間になる前で腹減って仕方なかった頃によぉ…」
麦わらの語る冒険話は話が前後したり
わけのわからない持論が盛り込まれていたり
話の核心になると人物の背景は麦わら自身が理解してないようで詳しくは分からないが
それでも目を輝かせて一生懸命に語る麦わらの話は
とにかくおでんが食べたくなる話だなぁ位には思えて聞いていて苦にならなかった。
あまりにも楽しそうに喋るから、釣られてこちらも表情が緩む。
弟がいたら、こんな感じなのだろうな。
慈愛の情が溢れ出し、意気揚々と話すその黒髪をぐりぐりと撫でまわす。
驚いた麦わらは話すことを忘れ、大きく見開いた瞳をこちらに向けたまま徐々に顔が赤く茹で上がっていく。
しかしこちらの手を振り払うこともせずにそのままされるがままだ。
「な、なんだよ…」
「んーなんとなく?」
「なんだそれ…」
「ふふふ、あー髪痛んでる。ちゃんと手入れしろよ?」
「別に気にしてないし」
「ほったらかしてたら将来ハゲちまうぞー」
「それは、いやだぞ。」
「だろー?石鹸じゃなくてちゃんとリンスもして身だしなみ整えないとモテないよ?」
「か、海兵も、やってんのか?」
「まぁ一応。あ、洗髪剤貸してやるよ。こんなごわごわじゃ触り心地も良くないし。」
「う、うん、じゃあ…使う。」
「せっかく綺麗な黒髪してんだからさもったいねぇよ。んじゃ風呂入るとき声かけろよ。」
「…お、おう。」
ぽんぽんと少年らしいゴワつた黒髪を撫でて手を降ろすと
赤く染まった顔は俯いたまま黙り込んでしまったので
俺は再び本の文字列に意識を落とす。
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