踏み出すのに必要なのはなんだろう
勇気は時として無謀となり
無謀は絶望を引き寄せてしまう
怖気付くことは正しい姿なのではないか
しかし、しかし人は
勇気ある無謀に希望を見出そうとするのだ







Empty14






「なんだ、これ…」

「綺麗…」


目の前に広がるのは数ある木々の中で
一本の木だけが小さな光をまとって輝いている
そんな不思議な光景だった。

ホタルの木

土の湿気や天候など特定の条件に合致した時に見られる珍しい現象がある。
数ある木々の中で、たった一本の木にのみ何万匹というオスのほたるが集まり
一斉に発光するその様はまさに天然のイルミネーションで
見たものはきっと言葉を失い、思わず魅入ることだろう


「そうか、これがホタルの木…噂には聞いていたけどそれ以上に綺麗だ…」

「これ全部ホタルか…?」

「何万びきと集まってメスを誘っているのさ。特定の条件でしか見れないらしいが、これはラッキーだな…


「すっげー!なんだこれ、すっげーぞ!」

「ちょ、麦わら!大声出すな、ホタル逃げちまうだろ!」

「む…それはやだ!」



近くの木の下に座り、ホタルの木を見上げる。
木の上には星空が広がっており
どこまでがホタルでどこまでが星空かわからないほどだ。
ホタルそれぞれの点滅はバラバラだが、時折、すべての点滅が一致する。
これは本当に自然の光景なのだろうか。
人工の光に慣れた目には未だ信じられないが事実なのだ。

このままずっと見ていたい
そう思えるほどこの光景は美しかった





繋いだままだった手にぐっと力が入れられて
痛みに意識が現実へと引き戻される。


「痛っ…なんだよ?」

「いや、別に…」

「な!人の感動邪魔しやがって…!」

「だってよ!なんか…誘われていきそうだったから…」

「は?」

「あいつらに誘われて、どっか行っちまいそうだったから…」


普段情緒に欠けるくせになにいってんだか。


「行かねぇよ。」

「そっか、ならいい。」





夏島といっても夜の気温は肌寒い。
おそらく今夜はここを動かないほうがいいだろう。
日が昇ってあたりの様子がわかったほうが船へと確実に帰れるだろうし
それにまだこの光景を見ていたいから。

繋いだ手が離されて、ギュッと肩を抱かれる。

非難の声を上げると、くっつかないと寒いだろと至極真っ当なことを言われた。
こちらが変に意識しすぎなのだろうか。
脈の速さが麦わらにバレませんように。














「なぁ、海兵。」

「ん?」

「ホントに出て行くのか?」

「ああそうだな、そろそろ出ようと思ってるよ。」

「……どうしてもか?」

すがるような麦わらの視線に心が揺らぐ。

「俺、あれからさ、いろいろ考えた。」




お前の言うとおり、俺にはもう海軍にいる理由はないんじゃないかって。
それは前々から考えていた事なんだ。
俺に救いの手を伸ばしてくれた海軍の正義を今まで信じて疑わなかった。
でも、それは一介の海兵であった時までだ。
諜報員として裏側の仕事を任されるにつれて
海軍の表からは見えない部分に触れるようになってきた。
それは俺が信じていた正義とは言い切れない部分もあって
それでも俺はそれが未来の平和に繋がると信じた。
いや、信じたかった。
切っ掛けは復讐だった俺でも、やっぱ俺みたいなやつは作りたくなくて
悪い奴のせいで泣き寝入りする人を、救いたかったんだ。
だから、だから俺は…
決して綺麗とは言えない事もやってきた。


前に進むのが、怖い。進んだ先がまた闇だったら…


この手にかけた犠牲が本当に正しかったのか。
前に進んだことで己の所業を省みることが怖い。
いったい何のために俺は存在するのか。
存在の理由がなくなってしまう恐怖が闇となって狂ってしまうんじゃないか



「俺は、怖いんだ…」

「そっか。」

「もう、俺が俺でなくなるのは、嫌だ。」


回された手に力が込められて
全身が暖かさに包まれる。
麦わらに、抱きしめられている。
頭がその見た目以上にたくましい胸板へと押し付けられて
麦わらの声が直接頭に響く。


「お前はお前だろ。」

「誰も俺を見てくれなくなったら、俺は俺でなくなる。俺の存在がなくなる。」

「んーオレは難しいことはよくわかんねぇけどよ」


ぐっと大きな手で頬を包まれ額と額が合わさる。






「オレはお前をちゃんと見てるから、お前はお前だ。」

「…本当に?」

「ああ、ちゃんと見てる。」

「俺の名前も知らないくせに…」

「む、確かにそうだけどよ。」

「過去も何もかも知らないくせに…」



「でもお前が寂しそうだってのはわかる。」



誰にも悟られないように生きてきたのに。
なんでこいつには解ってしまうんだろう。




「…それで、充分だ。」

涙を流すのはいつぶりだろうか。
枯れてしまったと思ってた。
涙と引き換えに強さを求めたはずなのに。
凝り固まったものが溶けていくように、涙が溢れて止まらない。

みっともなく声を漏らして泣きじゃくる俺を
麦わらは黙って強く抱きしめ続けた。








←back top next→