一歩を踏み出すことに戸惑って
不安な心を晒してみて
背中を押してくれることを望んだとしても
その一歩を踏み出すのは自分自身だ
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どれほどの時間泣き続けただろう。
やっと涙が乾き、冷静さが戻ってきた時には
軽い頭痛と麦わらへの気恥かしさで顔を上げれなかった。
「泣き止んだか?」
「ん、ごめん。もう大丈夫だから…」
寂しさはいつだって俺を飲み込んで
必死に逃れようとしても気付けば丸呑みにされている。
12歳のとき海軍に頭下げて半ば強引に海兵として入隊させてもらった。
母親の死は俺に絶望を思い知らせる始まりだったように思う。
誰も彼もが俺を物のように扱っていき、そして俺は人としての矜持を無くした。
誰かに必要とされること。
ただそれだけが欲しくて、尽くしたのだ。
絡まった腕にぐっと力が込められ
息が苦しいくらいさらに抱き寄せられる。
「麦わら…離せ…!」
「オレ、お前のこと好きだ。」
「な…!」
顎に手をかけ後頭部をがっちりと固定され避けられないよう力が込められる
目の前に麦わらの顔が迫り
不平を言おうとした唇に麦わらのカサついた唇が合わさった。
幼く重ね合わせるだけの口づけが何度も何度も施されていく。
「ん…むぎ、わら…」
「好きだ。頼む、一緒に来てくれ。」
「ふ、…ん…」
「ずっと一緒にいるからよ。うんって言ってくれよ。」
「待て、話…聞けって!」
渾身の力で押し返すと渋々ながら口づけをやめたが
ぐっと抱きしめる力を強めて俺の首筋に顔を埋める。
必然的に俺も麦わらの首筋に顔を埋めてしまうわけで
麦わらの汗の混じった体臭に鼓動が速まる。
俺だけのひと、俺だけを見てくれる人
その唯一の人が欲しかった。
だから海軍に尽くし、力を手に入れた。
ごみ屑と同等だった俺が、いつか認めてられて立派な人になれたなら
きっとその人が現れると信じていた。
これが、それなのかどうか俺にはわからない。
俺は認められたのだろうか、人として生きていいと許されたのだろうか。
麦わらは俺を必要としてくれている。
名も知らぬこの俺を、声高に必要だと叫んでいる。
信じていいのだろうか。
信じてみようか。
この自由で頑なな意志をもつ少年を、信じてみようか。
「俺も、お前のこと嫌いじゃない。」
「じゃあ一緒に来るんだな!」
「でも…俺は一旦海軍本部に戻ろうと思う。」
「なんでだ?もう海兵辞めるんじゃねぇのか?」
「区切りをつける為に…海兵としての正義を確かめて来る。」
怖いけど、怖くて仕方ないけれど
そうしないと俺は前に進めないだろうから
「もし、もし正義がそこになかったなら…戻ってきてもいいか?」
「…ホントにちゃんと戻ってくるか?」
玩具を強請る子供のような麦わらに頬が緩む。
俺にとっての決心は麦わらにしてみれば微々たる選択だろう
己自身にすら麦わらは捕らわれることはないのだろうな。
俺は行く先々で何かに縛られてしまう。
「それは海軍しだいだ。」
「絶対戻ってくるなら許す!」
「絶対、とは言い切れないな…」
「じゃあダメだ!ずっと船に閉じ込める!」
「頼むよ。お願いだ、ルフィ…」
「こ、こんな時に名前呼ぶなんて卑怯だぞ!」
※ ※ ※
ここにたどり着いてから随分時間が経ったと思う。
真面目な雰囲気が照れくさくて
無理やりだったがいつものように麦わらに今までの冒険話を話すように強請った。
麦わらも同じだったようで、お互い少し空回り気味であったけれど
それでもくすぐったさが心地よかった。
戯れのような口付けを何度となく交わす。
雰囲気に流されている自覚はあったが、それでもいいと思えた。
それくらいに俺はこの心地よい微睡みが心地よかったんだ。
恋というにはあまりにも幼いこの関係。
「冷えてきたな…お前、そんな格好で寒くないのか?」
「ん、そういえばちょっと寒いぞ。」
「気づいてなかったんかい…」
相変わらず気温に鈍感な麦わらに呆れたが
さすがにこの袖無しの格好では寒いだろう。
「ちょっと待てよ、今日調達した服が…っておい!」
「これなら寒くないぞ。」
荷物に伸ばした手を掴まれて麦わらの方へ引き込まれ
背中に麦わらの胸板を感じ
麦わらに後ろから抱え込まれた。
なんだこれ、まるで恋人のようじゃないか。
「離せ!調子に乗るなよ、この!」
「おーあったけー。ちょ、あんま暴れんなよー」
「だから、離せよ!」
「くっつかねーとさみーだろ!」
「だから服を…」
「あーあったけー」
「話を聞け!」
どうにかして抜け出そうとしても
この細腕のどこにそんな力にあるのか
麦わらの腕はびくともしなくて
これ以上暴れても無駄だろう
ホント言いだしたら聞かないやつだ
仕返しとばかりにぐぐっと体重をかけてやるが
麦わらは嬉しそうに笑って体に回っている腕に力が込められる。
確かに暖かい。
麦わらの身体は体温が高いのかこの肌寒い気温にはもってこいだった。
夜も更けてきて、腹も満たされ暖かさに包まれて
うつらうつらと睡魔がやってきた。
このまま眠ったら気持ちいいだろうな。
寝ちゃ、ダメかな。
「麦わらぁ…」
「ん、なんだ?」
「俺、もう眠い…」
「おう、いいぞ。」
「ん…」
「なぁ海兵…」
「ん…なに…?」
「船降りるの、次の島にしろよ。」
「んー、俺ここで降りるつもりなんだけど…」
「ヤダ!」
「あのなぁ…」
「待っててやるから。だからもうちょっと、その…」
顔を赤らめてもごもごと口ごもる麦わらは年相応の少年の姿そのものだ。
「わかった、俺ももうちょいお前と一緒にいたいし…」
「そうか!そういうならもうちょっと乗せてやる!」
「ふふふ、可愛いなールフィ…」
「可愛くねぇ!あれ?おい、海兵…寝たのか…?」
もう少しだけ
俺を甘やかしてくれるこの可愛い年下と
一緒にいてもいいだろうか。
ちゃんと頑張るから
今だけ、つかの間の夢を見させて欲しい。
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