2.愛想が尽きた
・がモビーディック号に来てから3か月がたった。
その間の彼女の行動は海賊たちをあっけにとらせた。
良く言えば、海賊を相手にしても物怖じしない肝の据わった女
悪く言えば、ひどくワガママな女、でもなぜか憎めない女
彼女がこの船で生活するに当たり
非常に迷惑極まりない決まり事がいつのまにか定められた。
1.お嬢様の食事は特別メニュー
「犬のエサの方がマシなんじゃない?」
がこの船に来てからの最初の食事を見ての一言
この言葉はコックの料理人魂に火をつけてしまい
彼女の食事は日を増すごとに豪華になっていき
コックのプライドをかけた激しい勝負が繰り広げられている
しかし、最近ではコックももこの勝負を楽しんでいるようだ
「楽しむのはいいけどよ、オレたちの飯は手ェ抜いてねぇか?」
「そうかよい?」
「ああ、おまえはお嬢とおんなじもん食ってんだっけ?いいよなー」
「・・・まぁ、メシはうまいよい。」
マルコは毎食、共に食事をとること
2.お嬢様の部屋の警備は厳重にすること
「こんな男ばかりの中じゃ落ち着いて眠れないわ。特に私は美しいし・・・」
マルコはまず真っ先に彼女の部屋に大きな鏡を置いてやらねばと思った
まずを夜這いしてやろうという奴はいないだろうと思うが
海の上は慢性的に女に不自由しているもので
万が一があれば家と全面戦争になりかねない
一応女ということで、部屋に頑丈なカギをつけてやることにし
の強い希望というか命令で、マルコの部屋の隣の部屋を使うこととなった
「何かあればすぐに駆けつけなさいよ。」
「てめぇを襲うような奴はいねぇよい。」
「朝は起こしに来ること、もちろん朝食持ってきてね」
マルコは毎朝、朝食を持って起こしにくること
3.お嬢様の言うことは絶対です
「日差しが暑いわ。」
それならわざわざ甲板に出てこなくてもいいのではと誰しもが思った
しかしは外が気に入っているらしくテーブルセットを用意させ、本を読みふける姿がしばしば見られる
基本的に日陰になる場所だが、日が高くなるとどうしても日の光が直接当たる。
「あなた、ジョズだったわね。」
「は?」
「日陰をつくって頂戴。あなたは大きいからちょうどいいわね。」
「いや、オレは・・・」
「はやく、日に焼けちゃうわ。」
ジョズはしぶしぶというか強引にの前へと座らされた。
しかし、隊長であるジョズにはこなさなければならない仕事が山積みなのだ
こんなところで座っている場合ではない。
周りにいた船員は慌ててマルコを連れてきた。
「ジョズ、なにやってんだい?3番隊は4番隊と次の上陸の打ち合わせがあるはずだよい。」
「おお、マルコ。いやそのお嬢が・・・」
「てめぇはさっさと船内に入りやがれ。」
「えー、外の方が気持ちいいわ。」
「知るかよい。」
マルコはの腕をつかみ船内へと引きずっていった。
その後ろ姿をみてジョスと船員たちはほっと胸をなで下ろした。
マルコだけは口答えしてもよし
午後の穏やかな日差しの中、甲板では下っ端の船員たちが眠たそうに掃除をしている
誰もが欠伸をかみ殺す平穏の中、食堂では熱気があふれかえっていた。
「あははは、また私の勝ちねサッチ!」
「くっそう、勝てねぇ・・・」
「ほらほら、さっさとよこしなさいよ〜」
「うぅ・・・オレの20年物のヴァレンタイン・・・」
大勢のギャラリーに囲まれたテーブルではを中心としてポーカーの試合が行われている。
この3か月、はもっぱら船員相手の賭けポーカーに勤しんでいるのだ。
にとって一番のカモはサッチで、すでに秘蔵コレクションの酒を大方取られたらしい。
他の船員からも酒や宝石、書物を戦利品として奪っており、とにかく強運の持ち主なのである。
「んふふ〜もうひと勝負する?サッチは次負けたら坊主ね!」
「な、誰がするか!リーゼントはオレの魂だ!」
「やだ、負けた時の話よ〜勝ったら今までの取り分、全部返してあ・げ・る」
「オレの秘蔵全部か!?・・・よし、やるぜ!」
「やめとけよい。」
盛り上がった場に水を差す声はマルコのものだ。
普段ならこの時間帯は自室で事務仕事をしているはずだが
この日は食堂へと顔を出した。
「あらマルコ、私はまだ呼んでないわよ?」
「オレはお前の使用人じゃねえよい。どこにいようがオレの勝手だ。」
マルコはサッチをどかし、自らがの前へと腰を下ろした。
そしてディーラーに目配せをしてカードを切らせた。
「この私に勝負を挑もうっていうの?」
「サッチじゃてめぇのイカサマが見抜けねぇようだない。」
「てめぇイカサマしてやがったのか!?」
「あん、ばれちゃった。ネタばらしするなんて営業妨害よ」
「海賊相手に舐めたことすんなよい。」
カードが二人の前に配られる。
それぞれが自らの手札を確認し、相手の手の内を読み合う。
マルコはカードを2枚、はカードを3枚チェンジした
「私は今までの戦利品を全部かけるわ。あなたは何をかける?」
「てめぇの好きなもんをくれてやるよい。」
「気前が良いのね〜」
「オレはてめぇになんか負けねぇ。」
イカサマなしの真剣勝負でマルコは負けたことはない。
おそらくの手札はあまりいいものではないとマルコは踏んだ。
ふざけた面をしてるが、目に焦りが見える。
「んふふ、私結構強いのよ?」
「イカサマすればな。」
マルコは自らの手札をテーブルの上に置いた。
3.3.J.J.Jのフルハウスだ。
それを見たギャラリーは湧き上がる。
取られたものが返ってくる、散々泣かされたへの仕返しができた
口々にマルコを称える。
「ありゃりゃ、フルハウスかぁ・・・」
「てめぇもさっさと見せろよい。」
「はぁ・・・わかったわよ」
の手札がテーブルに置かれた。
8.8.K.K.Kのフルハウス
「なっ・・・!?」
はマルコにわずかな差で勝利した。
「だから言ったじゃない、私結構強いのよ〜」
マルコの負けだった。
フルハウス同士の勝負なんてめったに出るものではない。
イカサマされたか?
いや、そんなそぶりはなかった。
天は彼女に微笑んだようだ。
マルコ自身もギャラリーも驚きすぎて言葉が出ない。
「じゃあ私の好きなもの頂戴ね!」
「ちっ・・・わかったよい。何が欲しいんだい?」
「あらやだ、そんなこと自分で考えなさいよね。」
「はぁ!?」
「持ってきたのが私の欲しいものじゃなかったらやり直しよ〜」
んふふ〜頑張ってね、とは癪に障る笑い声を残して食堂を出て行った。
残されたマルコは悔しそうに顔をゆがめ、テーブルをけり上げた。
「あの女、いつか殺す・・・!!」
マルコは自室へと戻っていった。
後に残されたのはマルコの覇気に当てられて腰が抜けたサッチとギャラリー
粉々になったテーブルの破片だった。
月が細く空に浮かんだ夜
夜も更けた船内に、船長室からの明かりがもれている。
「それでマルコったら勝ち誇った顔したのよ!私が演技してるとも気づかずに!」
は昼間のことを白ひげに楽しそうに話す。
二人の手にはの戦利品のウイスキーが握られている。
この船に乗って以来は毎晩、戦利品の酒を持って白ひげの元へ来てはその日あったことを話す。
白ひげも嫌な顔をせずに晩酌に付き合ってやる。
「あのマルコの悔しそうな顔ったらなかったわ〜おじさまにも見せてあげたいくらい!」
「グラララ、あんまりいじめてやるなよ。」
「んふふ、私はマルコのいろんな顔が見たいのー」
は白ひげの膝へとしな垂れかかる。
その顔は赤く、瞳は今にも閉じられそうだ。
「おい、。ここで寝るんじゃねぇ。」
「ん〜」
「おい、ったく。息子どもに勘違いされるじゃねぇか。」
そう言いながらも白ひげはベットへとを寝かせ、布団をかけてやる。
そして自身もの隣へと身を横たえた。
「えへへ、おじさまっておじいさまと似てるからついつい甘えちゃう」
「よりオレの方が良い男だろうが」
「あはは、確かにおじさまの方が良い男だわ」
は白ひげのたくましい腕に身を寄せてしがみつくように抱きつく
化粧も装飾品も着けていない姿のは海賊相手にイカサマポーカーをしかけていた女とは同一人物とは思えない
「おじいさまはすぐに危ない橋を渡って私に心配ばかりかけるの。お金なら十分あるのに。」
「かわいい孫娘に少しでも多く残したいんだろうよ。」
「・・・私はお金なんかより、おじいさまともっと一緒に過ごしたいわ。」
「グラララ、そうか。」
「おじいさまはきっと私に罪滅ぼししたいだけなのよ。」
の両親はが10の頃に死んだ。
仕事のために乗っていた船が嵐で沈んだらしい。
今一緒に生活しているのは母方の祖父に当たり、身寄りのないを引き取り育ててくれている。
父と母は祖父に結婚を認めてもらえなかったそうだ
父はうだつの上がらない船大工
母は世界の1,2を争う商人の娘
娘の幸せを願う祖父はそんな貧しい男に娘を渡してなるものかと
母を部屋に閉じ込め、父から引き離した。
しかし、ある日母は姿を消した。
父と着の身着のまま、南の島へと駆け落ちしたらしい。
ほどなくしてが生まれ、貧しくも幸せな家庭だった。
家計を助けるため、母も働きに出た。
箱入り娘として育てられ働いたこともなかった母だが、器量が良いところを買われ
父の働く職場の食堂で雇ってもらえた。
しかし、幸せは一瞬にして崩れ去ったのだ。
二人の勤める会社が島の外での仕事を請け負い
父と母は隣の島へと行くことに
は読み書きを教えれくれる学校に通っていたため、1人で島に残ることになった。
そして、独りになってしまった。
「おじいさまは自分が認めてやりさえすればって、悔やんでたわ」
「そうか・・・」
「私、おじいさまを恨んでなんていないわ。だってお父様とお母様が死んだのはおじいさまのせいじゃないもの。」
「あいつは自分のせいにしたいんだろうよ。」
「どうして?」
「誰のせいでもねぇなら誰を責めればいい?やり場のない怒りを自分に向けてぇのさ。」
「・・・それなら孫とより多くの時間を過ごすことで罪滅ぼしして欲しいものだわ。」
「グラララ、そりゃあいつにとって褒美だ。」
の目元がうっすらと光る。
白ひげは優しくの背中を撫ぜてやる。
胸の内に抱えていたものが酒に酔ったせいで少しずつ漏れ出したようだ。
見知らぬ船に1人残されて、不安でないはずがない。
「また独りになったらどうしよう・・・」
「そんときはこの船にいりゃあいい。」
「ここに?」
「オレには息子は大勢いるが、娘は少ねぇからな。こうやって一緒に寝るのもわるくねぇ。」
「・・・・・・ふふふ、そうね。悪くないわ。考えておいてあげる。」
「グラララ、よろしく頼むぜ。」
は白ひげの隣で眠りについた。
その眠りはこの船に来てからはじめて、部屋の前を通る足音で起きない
深いものだった。
翌朝、マルコはの部屋へと朝食を運んでいる
今日の料理はいつも以上に気合が入っているようでコックたちが感想を聞き忘れるなと
うるさいほどに念を押してきた。
は確かにわがままで典型的なお嬢様だがどこか憎めない
いつもの厚化粧ときつすぎる香水のせいで頭が軽そうにみえるが、意外にも知識は深い
持ちこんでいる本も古い歴史書や悪魔の実の研究について書かれたものなどマルコにとっても非常に興味をそそられるものが多かった
ナース達とは女同士ということもありすぐに打ち解けていたようだし、他の船員もポーカーでカモられはするが嫌ってはいない。
どうやら、無理難題を言われ困らされているのはマルコのみのようだ。
これは相当嫌われているのか、それとも愛情の裏返しなのか
嫌われていることはないとマルコは思う。
好かれてもいないとも思う。
ははじめからマルコのことを知っていたようだった
おそらく不死鳥のマルコが自分に仕えているのが楽しいのだろう
貴族の考えそうなこった。
でもまぁオレは最初ほどあいつのこと嫌いじゃないようだよい。
・・・いつかは殴り飛ばしてぇが。
コンコン
何の返事もない。
いつもなら厚化粧をばっちりと施したが出てくるのだが、今朝は違う。
まだ寝ているのかと気配を探ってみるが気配はない
不思議に思いながらドアを開けて部屋の中を確認する
ベットの上には部屋の主人はいなかった
「どこにいきやがったんだよい・・・」
面倒だとは思いながらも、客は客
面倒をみなければならない
今日は気が変わって食堂にでも行ったのかと食堂に戻るがいない
甲板にもいなかった
船内を歩きまわってみても見当たらない
まさか、海に落ちたか・・・?
さすがにそれはまずい。
あのクソジジイのことだ、かわいい孫が消えたなんて言えばどんな目にあわされるか・・・
とにかくマルコは白ひげの元へと急いだ。
「親父!あの女が・・・・」
いた。
船長室の扉を開けたマルコがみたのはベットで眠る白ひげと
シャワー室から出てくるだった。
「やだぁ、ノックぐらいしなさいよね〜」
「てめぇ、ここで何してんだよい・・・」
「何って・・・女と男が一緒のベットで一夜を共にしたのよ。わかるでしょ?」
女にいわせないでよ、などとと笑いながらはベットに腰を下ろす。
マルコは信じられなかった。
白ひげが誰と寝ようが関係ないことだが、とは寝てほしくなかった。
尊敬してやまない、世界最強の白ひげがこんな女と・・・
何故かマルコは許せなかった。
親父を、そして目の前の女を。
「きゃっ!!!」
気が付けばマルコはの首をつかみ壁へと押しつけていた。
の足はぎりぎり床に着いていない。
「やっめ・・・て、マルコ・・・・く、るしっ!!」
「うるせぇよい、てめぇ自分が何したのかわかってんのか?」
「なにって・・・べつにっ・・・!」
親父には世界最強の名に見合う女と寝てほしい。
こんな傲慢な勘違い女とは寝てほしくない。
「親父はてめぇのような女と寝るような男じゃねえんだよい!」
マルコはを乱暴に床にたたきつけ、睨みつける
はやっと解放され酸素を欲し、咳き込んでいる。
「テメェには愛想がつきたよい」
もともとねぇがな、と吐き捨てマルコは船長室から出て行き
船長室には倒れたままのと呆れ顔の白ひげだけが残された
「ったく、なんであんなこと言った?」
「冗談のつもりだったの、それにおじさまとまた一緒に寝たかったから・・・」
「はぁ・・・アホンダラが。」
白ひげの大きな手が伸び、をベットへ座らせてやる。
船長室にはの押し殺した泣き声が響いた。
「私、マルコに嫌われちゃった・・・」
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