3.オレ以外には無理だろう




「お嬢、最近ちょっと変じゃねぇか?」

昼食を求める波がひと段落ついた食堂でサッチとマルコは遅めの食事をとっていた。
サッチの言う様に最近のの様子は明らかに変わっていた。
暇さえあれば人が集まる場所に顔を出していたのに
近頃は部屋に閉じこもっている。
マルコが運んでいた食事、今はシェフが運んでいる


「さぁな。」

「なんだ、ずいぶん冷たいじゃねぇかよ。前はお嬢にあんなにべったりだったのによー」

「好きで一緒にいたわけじゃねぇよい。お世話係解任で嬉しい限りだ。」


マルコは船長室での一件以来と顔をあわせていない。
白ひげもあの一件については触れず、ただ世話係はもういいとだけ言われた。
あの時は勢いでを責めたのだが・・・
時間がたった今では自分がなぜあんなことをしたのかと思う
親父が誰と寝ようが自分には関係ないではないか
なのに何故あんなことを・・・?


「あーあ、お嬢とのポーカーまだ勝ってねぇのになー」

「お前はたぶん一生勝てねぇだろうよい。」



オレが本気出しゃ一発だ、と喚くサッチを残してマルコは自室へと戻る
これ以上の話もしたくないし、なによりも最近マルコ自身も変なのだ。
食事があまりおいしく感じない。
との食事で舌が肥えてしまったからなのか
どこか物足りない、何かが足りない


「ちっ、スッキリしねぇよい。」



















シェフが食事を運んで来た豪勢な食事は配置をそのままに冷めてしまっている
はベットにうつぶせで寝転んだまま、一向に食事に手をつけようとしない


「おなか、すいたなぁ・・・」


奇妙な矛盾が渦巻く部屋にノックの音が響いた
シェフが食器を下げに来たようだ
鉛のように重い体を引きずるようにしては扉へと向かい、迎え入れた。


「また手をつけてないのか?」

「ごめんなさい・・・気分がすぐれなくて」

「それならなおさら食べないと。ここ2,3日ほとんど食事をとっていないじゃないか。」

「本当にごめんなさい、夕食は頑張って食べるから」


の言葉にまだ不満ありげなシェフだったが、
横になりたいというの言葉にしぶしぶ食堂へと足を向けた。
はあの日以来食事をとってくれない。
最初はいつものワガママかと思っていたが、さすがに3日も続くと心配になってくる。
消化にいいもの、食べやすいものを作ってもは手をつけないのだ。
マルコと食事を共にしなくなった時から食べていない。
顔はやつれていた。
体の線もすこし細くなった。
なによりのあのどこから来るのかわからないほどの自信に満ちたオーラが消えている。



マルコ隊長と何かあったのかな。
何かあったとしても、オレには関係ないことなんだが・・・
お嬢様があんなんじゃ張り合いがない
まだ、勝負はついていないのに


「ま、隊長から聞き出すのが一番早いか。」


シェフの足は食堂から先ほど通った道を再び歩いて行った。













部屋に戻ったマルコは書類に目をとおしていた。
ジンベエからの定期的な報告書、どうやら手に負えない案件を抱えているらしい
各隊長からの提出書類、ナース達は無駄遣いが多すぎる

コンコン

突然ドアがノックされた。
事務的な訪問はないはずなのだが
お誘いにしても時間が早すぎる。

「開いてるよい」

「失礼します。」

部屋に入ってきたのは食堂でしか見ない顔
一度も訪ねてきたことがないシェフだった。

「突然すみません」

「いや、別にかまわねぇ。どうかしたのかよい?」

「それが、例のお嬢様についてなんですが・・・お知らせした方がいいと思いまして」

またの話題
マルコは僅かに苛立った。
なぜ世話係を下ろされた自分のところに来るのだ。

「オレに言っても無駄だろうがよい。もうお世話係じゃねぇよい。」

「そこなんです。マルコ隊長と一緒に食事をしなくなってから、お嬢様はおかしいんです。」

「だからオレには」

「ここ2,3日、食事をとっていないんです。」

「・・・どういうことだい?」

「最初はいつものわがままだと思っていたんですが、朝も昼も夜も食事をとらないで、すっかりやつれてしまいました。
なんとか食べさそうとしても気分が悪いの一点張り、客人にあまり無体なこともできませんので困っているんです。」

「あいつがねぇ」

「マルコ隊長が一番お嬢様と一緒にいたし、なんとかしてください。」

「はぁ!?」

「お願いしますね。じゃ、失礼します。」

「ちょ、おまえ待てよい!」

シェフはさわやかな笑顔で部屋を後にした。
残されたマルコはあいつってあんな奴だったかと驚き、そしてなんともいえない悔しさがこみ上げた。


これで正面からに会いに行ける

そう思ってしまった自分が悔しい。
答えは出ている、しかし認めたくない
いい年して何をしてるんだと鼻で笑う

「考えてもしかたねぇ、な。」

重い腰がようやく動き出した。






















ノックをしても返事がない部屋の扉をあけると
ベットに身を預け、突っ伏したまま動かず
わずかに見える顔を苦しそうに歪めながら眠っているがいた。

こんな奴だったのか

濃い化粧も装飾品も身に着けていない
あの時はゆっくりと見れなかったが
あらためて見ると、どこにでもいる普通の女ではないか
派手な濃い化粧や多すぎる装飾品はまるで何かから身を守るように思えてくる


「おまえさんは何を強がってんだよい」

「強がってなんかいないわ、ただ虚勢を張ってるだけよ」


眠っているとばかり思っていたの瞳と視線がかちあう。
弱々しい身体には似つかわしくない強い光がマルコを見つめる。


「同じことじゃねぇかよい」

「・・・ふふ、そうね。そうかもしれないわ。」


はベットから立ち上がりソファへと身を移動した。
マルコも向かい合わせにソファに腰かける。


「で、この娼婦さまに何のご用?夜のお誘いかしら?」

「・・・悪かったよい」

「あら、なんのこと?」


嫌味な笑顔で見下す
しかし覇気がない。




いったい自分は何がしたいのだろう

なんと言えばいいのか、マルコは言葉が出ない





「オレは思ったことを言ったんだよい」


なんでこの口はこんなことしか言わないんだろうねい。
自分でも不思議だよい。




「私はやりたいことをやっただけよ。」

なんで私の口はこんなことしか言えないのかしら。
自分でも不思議だわ。




「・・・・」

「・・・・」

二人の間に沈黙と重苦しい空気が漂う
お互いに相手の腹を探るようににらみ合う




「ふふ、あははは。マルコってホントおせっかいよね。そんなに嫌いなら来なきゃいいのに」

「・・・・べつに嫌いってわけじゃ」

「あら、そうなの?大切なたーいせつなおじ様をたぶらかした女なのに〜?」

「・・・・・・」


なんなんだよい、この感じは。
マルコはこれ以上自分の気持ちを言葉に乗せることはできなかった。
自分が何を言いたかったのかまとまらない


さっさと本題を終わらせてしまうよい



「最近お嬢様が飯を食わねぇってコックが泣きついてきたよい。」

「あら、あのコックがそんなことを?あの人も意外におせっかいなのねぇ。」

「お前がどうなろうと知ったこっちゃねぇが、客は客だ。ゲストにしなれちゃ白ひげの名に傷がつく。」

「白ひげの名、ねぇ。」


はあきれたような表情でマルコを見つめる
それは悲しみと怒りも入り混じった表情だった。


「白ひげの名に恥じないようにとか、白ひげの誇りとか、ほんと馬鹿馬鹿しいわ。」

「…なんだと?」

「白ひげのおじさまがなんだっていうの?そんなに偉いの!?結局は海賊じゃない!海賊風情が誇りだなんて笑っちゃうわ!」

「テメェなんてこといいやがる!取り消しやがれ!」


マルコはのソファに飛びつき、の喉を押さえソファへと押さえつけた。
あまりの力には息をつめたがさらに言葉を続ける。


「ほんとの事じゃない!海賊がこの世界のなんの役に立ってるって言うの!?政府にたてついて欲望のままに村や街を襲う、ただの害虫よ!」

「黙れ!白ひげをそんな奴らと一緒にするなよい!何もしらねぇお嬢様のお前に世界の何がわかる!」

「知ってるわよ!私は家の跡取りよ!世界の事なんて嫌になるほど詰め込まれてるわ!海賊なんて、海賊なんて…!!」


パァン、と乾いた音が部屋に響いた。
の頬がみるみる赤くなっていく。


「お前は…いったい何に怯えてんだよい。」

「……」

「化粧や装飾品で着飾って、わざと高飛車な態度をとって。」


マルコはの両頬を包み、視線をとらえた
顔を抑える力は強く、優しい


「お前の本心はどこにあるんだよい。」










本心。
私にそんなものがあったかしら。
10の時に連れてこられたお屋敷は今までの生活からは想像のつかないほど煌びやかで
別世界に連れてこられたようだった。
初めて会ったおじいさまはとても優しく、と名前を呼んで抱きしめてくれた。
一人じゃない
そう思えただけで嬉しかった。
これからはおじいさまと穏やかに暮らせるのだとそう思っていた。

けれど、それからの生活は想像していたものとは違った。
おじいさまの後継ぎは私以外にいなかった。
それからの生活は私に、私を引き取った理由にはそれも含まれたいたのだと思い知らせた。
英才教育というものを叩きこまれて、外で遊ぶことを禁じられた。
一緒に育った島の友達とは、会うことはおろか手紙を出すことも禁じられてしまった。
家の跡取りとしての振る舞い、家の跡取りとしての言葉づかい
家の跡取りとしてのすべてを叩きこまれた。
私は何のために生きているのだろう
どうしてお父さんとお母さんと一緒に死んでしまわなかったのだろう
自分が自分でなくなっていく感覚が死を何度も考えさせた。


家の跡取りとして、私は生かされている


そう思えてきた頃から、考えることをやめた。
お父様やお母様の分まで私は家の跡取りとして生きていかなければならないのだ。
を、私自身を周りを求めてはいないのだから。

ただ一人、世界中を飛び回ってめったに会えないおじいさまだけは
孫娘のを、私自身を求めてくれた。
辛い思いをさせてすまないと、会うたびに謝ってくれた。
私を支えてくれたのはを求めてくれるおじいさまの存在だった。
それだけを心の拠り所として生きてきた。

それなのに。







「…どうして私に優しくするのよ。」

の瞳から滴が流れていく。
哀しく笑った表情に一筋、流れた。

の庇護が欲しいって、なぜ言わないの?」

「誰も求めねぇよい、あんなくそジジイの庇護なんて」

「じゃあ私はなんでここで生かされてるの?利用価値のない人質なんて邪魔なだけじゃない。」

「人質じゃねぇ、お前は客だよい。」

「嘘、そんなの嘘よ!今までだって言葉の裏には策略が隠れていたんだもの!言いなさいよ、何が欲しいの!?」

家の庇護は確かにでかい。
それを目当てに近づいてくる者なんて、掃いて捨てるほどいるだろう。
海賊にとっても喉から手が出るほど欲しいものだ。
おそらく、こいつは海賊にあまりいい思い出はないんだろうねい。


「落ち着けよい、オレはお前に何も求めてねぇよい。」

「嘘よ!もう騙されないわ…私は、私は…!!」


マルコとの距離が0になり、影が重なる。
はマルコから離れようと抵抗するが、マルコの力には敵わなかった。
マルコはを落ち着かすように何度も唇を重ね合わせ
徐々には落ち着きを取り戻していった。

マルコはを己の胸へと抱きしめた。


「オレは、の名前に興味はねぇ。」

「……」

「オレが興味があるのは、お前自身だ。」

「私、自身…?」

「認めたくなかったがねい。」

「私は…私は…」

「何も考えるんじゃねぇよい。お前自身の言葉を聞かせろい。」

「でも…」

「くそジジイが偉かろうとなんだろうと、白ひげは媚びへつらったりしねぇよい。親父があんたの世話を引き受けたのは昔からの友の頼みとしてだろうよい。」

「そう、ね。おじさまはそんな人じゃなかったもの。」

「オレは親父から頼まれたからあんたの世話係をやった。」

「うん…」

「お前の世話係は案外楽しかったよい。ペースを乱されてばかりだったがねい、それが新鮮だった。」

「ふふ、そうね。不死鳥のマルコにあんな態度とる人なんていないものね。」

「とんでもない女だったけど、気付けば追いかけていたんだよい。」

「うん…」


マルコはより強くを抱きしめた。
もおずおずとマルコの背中に腕をまわし、抱きしめ返した。


「これがオレの本心だよい。」

「…うん」













しばらく沈黙が二人の間に流れた。
マルコはに何を促すでもなく、ただただ抱きしめ続けた。

「私はおじいさまに何も聞かされずにこの船に連れてこられたの。」

が静かに言葉を紡ぎはじめた。



「しばらくこの船にお世話になりなさいって、そう言われただけで連れてこられた船が世界最強といわれる白ひげ海賊団の船。
人質として連れてこられたと思っても当然だと思わない?」

「まぁ、そうだねい。」

「今まで何度か海賊に攫われたことがあったの。でもね、の跡取りが取り乱してはいけない。
教わった通りに振舞って、口先だけで己の身を守ったわ。」

「海賊相手に頭で勝負か」

「…怖かった。いつ殺されるかわからなくて、泣き叫びたかった。でも、としての私は笑ってなくちゃいけないって言うの。」

「………」

「だから今回も、そうやって虚勢を張っていたのに…この船の人たちは少し優しすぎるわね。特にマルコ、あなたは特に優しかった。」

「そうかよい?」

「打算もなにもなくて、私を私として扱ってくれたわ。それが…怖かったの。」

「…どうしてだよい?」

「仮面が、剥がれてしまいそうで。肩書きのない私は私ではないのよ。」

「金持ちの考えることはよくわからねぇよい。」

「そうね、これは説明しようがない感情だわ。でも…この船にいるのが心地いいと思ってしまったの。
だけど、信じるにはまだ早くて…食事に毒が入っていたらどうしようとか…考えだしたら怖くて…」

「………」

「だから、ずっとあなたのそばにいたの。あなたと食事をすれば毒なんて盛れないでしょ?白ひげの大事な隊長さんだもの。」

「まぁ、賢明な判断だよい。」

「でも、もうひとつ理由があるわ。」

「…もうひとつ?」

「不死鳥のマルコは、私にとってヒーローだった。」

「ヒーロー?」

「おじいさまがあなたのことを色々と話してくれての。ああみえておじいさま、あなたの事すっごく評価してるのよ。
その話を聞いてるうちに、会ってみたいって、そう思ったの。あなたの姿を初めて見たときのあの感動ったらなかったわ…」





のくそジジイに評価されてた
実はが自分を慕ってた
知られざる真実にマルコは一瞬驚いた、が





「悪い気はしないねい。」

「そう、ありがと。」

「飯を食わねぇのもオレが一緒じゃなかったから、ねぇ。」

「そ、それは省略しすぎよ!」

「ま、おんなじことだよい。」





マルコはひょい、との身体を抱えてベットへと下ろした。


「ちょ、ちょっとマルコ!?」

「何もしねぇよい、飯持ってくるまで寝とけよい。」




の頭を安心させるように撫でて
扉のほうへと歩いていく
その背中に、は慌てて声をかける







「ねぇ!お世話係が変わってから私安心して過ごせないの。誰か私を安心させてくれる人、知らない?」

「そうだねい…」


マルコはの方へと戻り、再び口づけを落とす。
今度は抵抗せずには素直に受け入れた。





「オレ以外には無理だろうねい。」



















「あと、私おじさまと寝てないからね。」
「…嬉しいような悲しいような報告どうも。」
「おじさまに、よろしく!」
「ぶん殴られた後に伝えるよい。」









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