4.それだけは聞けない願い




「サッチ〜もう一回ポーカーしましょ!」

「オレはもう賭けるモンがねぇよ!」

「貸しといてあげるわよ。次の港で稼げばいいじゃない。」

「・・・お嬢、女はやさしさがないといけねぇよ。」



お嬢様のご機嫌が直ってから、モビーディック号の雰囲気は以前にもまして和やかになった。
というのもの高圧的だった態度がやわらかく、好感が持てるものとなったのだ。
そして厚化粧と着けすぎた装飾品、どぎつい香水の匂いも無くなった。
今のはどこからどう見ても良家のお嬢様だ。



「どういう心変わりだ、お嬢?ずいぶん可愛くなってよぉ。」

「んふふ、口説きたくなっちゃった?」

「いやぁ…怖ェ鳥さんがいるからやめとくぜ。」

「えーサッチなら、考えてあげてもいいよ?」

「ったく、よく言うぜ。」


元々仲の良かった2人だったが、ここ最近ではより一緒にいるのを見かけることが多くなった。
もサッチもお互いに妹、兄のように感じているのだろう。
穏やかな日差しの中で、穏やかな会話をする。
今日もいつもどおりの、日常の一コマだった。


「そういえば、今朝新聞が見当たらなかったんだけど知らない?」

「あ、ああ。今日は休刊じゃなかったか?」

「そうなの?珍しいわねぇ。」

「まぁな・・・じゃ、おれ行くわ。」

「ええ〜もう?ポーカーは〜?」

「すまねぇ、4番隊が次の買い出し当番だからよ。じゃあな。」

「ちぇ〜」


食堂からサッチはそそくさと立ち去って行った。
その様子には違和感を感じる。
確かに次の港への上陸は今日の午後だが、今回はそんなに長居しないはずだ。
買い出しはコックが食料を少し補充する程度のはずなのに。


「おかしいなぁ…」

















白ひげの部屋には白ひげとマルコが沈黙のまま顔を見合わせていた。
それぞれの顔色はあまり優れず、困り果てた様子だ。


「ったく、あのくそジジイ…そういうことだったのかよい。」

「とうとう来やがったなぁ。」

「知ってたのか親父?」

「ここに来やがった時には可能性がある、としか言わなかったがな。」

「それでを預かったってわけか。」


マルコはため息をつき頭を抱えた。
白ひげも白ひげで何かを考え込むかのように黙りこくっている。
そして二人の間には、“休刊だったはず”の今日付けの新聞が置かれている。






















「マルコ〜?どこ行っちゃったのかな…なんだか今日は誰も相手してくれなくてつまらないわ。」


はサッチと別れてからまっすぐに自室に戻らず、船内をふらふらと彷徨っていた。
馴染みの顔達はみんなどこか余所余所しく、どこかを避けているようだった。
あの一件以来、は白ひげのクルー達と積極的に馴染んでいった。
近寄りがたかったお嬢様の心変わりにはじめは皆も困惑したようだったが
今では妹のように、姉のように接している者が増えてきた


「…ぃ、例の…話、聞……?」

が食料庫の前を通りかかった時
ふと、耳に潜めた話声が飛び込んできた。
足音をたてないように扉へとこっそりと近づき、聞き耳を立てる
どうやら自分の話をしているようだ。


「ああ、お嬢様の話だろー聞いた聞いた。まったく、あののジジイがあんなヘマするなんてよー」

「馬鹿、ありゃあ嵌められたんだよ。」

「そうなのか!?一体誰にだよ?」

「政府に決まってんだろー。のジジイはよぉ、侯爵の位さえ買えちまえるくらいの大富豪よ。そのうち金で天竜人にもなっちまうだろうって言われてんだぜ。」

「天竜人に!?そんなすげージジイだったのかよ…。」

「海賊にも顔がきくから貨物船を襲われる心配もないだろ?金は儲かるし、安定な供給で人々からの支持もがっちり得てる。おまけに負け知らずの警備隊が海軍より実績があるってんだからよ。」

「んで、政府としても目の上のたんこぶってわけかー。」

「そうそう。今までなら政府も手の出しようがなかったんだけどよ、今回は天竜人の奴らからのお達しがあったらしいぞ。」

「金で天竜人になられたらたまったもんじゃねぇもんなぁ。」

「政府としては渡りに船、やっと正式にのジジイを始末できるってわけよ。」

「なるほどなぁ。」

「革命軍の援助してたってのもでっちあげだ。実際は黒幕がいたんだよなぁ。」

「んで、お嬢を巻き込まねえようにうちに避難させた。」



この人たちは、何を、言ってるの?
おじい様を、政府が、始末する…?
なんのこと、なんなの、何を言ってるの……?
彼らの言っていることが理解できないまま扉の前で立ちつくしていると
後ろから食材を抱えた下っ端に声をかけられた。


「あ、お嬢!こんなとこでなにやってんです?」

「あ…私、は……」

「お、お嬢!?ヤベ、今の聞いて…」






あの人たちが言っている、話していることが
訳がわからない
意味がわからない
嫌、わかりたくない!!

はその場から逃げるように走り出した。
とにかく、走って走って
見えない何かから逃げるように闇雲に走った
















ふと顔をあげると白ひげの部屋の前にいた。
ああ、私はおじ様に助けを求めていたのね



でも、助けてもらうのはちがうわよ、

落ち着きなさい。
薄々は気づいてたことじゃない
おじい様が危ない橋を渡っていること
真実を聞きましょう。
おじい様がどうなってしまったのか


として何をすべきかわかってるわよね、







重量感のある扉を1回2回とノックする。
入れの声に部屋の中に入ると、そこにいるは白ひげのおじ様1人だけだった。

「どうした、?」

「…わかってるでしょ。」

「はぁ…なるべく隠しておきたかったんだがなぁ。」

「ねぇ、うちのおじい様はどうなってるの?」

「…家は無くなった。」

「革命軍援助でお家取りつぶしね…厳しい刑だこと。で、おじい様は?」

「………」

「…処刑?」

「その通りだ、アホンダラ。」

「そう、おじい様…死んじゃうのね。」

、お前が望むならオレは白ひげを動かしても」

「んふ、ありがとおじ様。でもね、自業自得、なのよ。だから…言っちゃダメ。」


白ひげと政府なんて、世界を変える戦争になっちゃうでしょ。
はいつもと変わらぬ笑顔を浮かべている。
それはこの船に初めて来た時に見せた痛々しく、今にも泣きそうな笑顔。
優しき孫娘にこんな表情をさせた古い友を腹立たしく思うも、白ひげにはどうにも手出しができない。
背負ってるものを投げだしてまで友を助けることはできるだろうか。
自分の看板によって守られている島の人々、1600を超える息子たちの事、傘下の息子や娘たちの事
そして、世界の均衡を崩してまで、助けることが自分にできるのか。
わかっている、無理だということは。しかし悩まずにはいられないのだ。
世界最強と言われていてもやはり自分は身内には甘く弱い。



「おじ様、処刑場所はどこ?」

「さぁな。」

「…プロビデンス島、ね。」

「………」

「かつて私の父と母が暮らした島、そして命を落とした島。おじい様はそこで処刑されることを望んだんでしょ?」

「…あぁ。」

「死に場所を選ばしてくれるなんてやさしいわねぇ。」

「妙なこと考えんじゃねぇぞ」

「んふふ、大丈夫よ。」


一体に何が大丈夫なのか。
として常に頭においておくことは何かと聞かれれば
家の存続を最優先事項とすることだと教えられた
しかしその家が無くなってしまった場合はどうすればいいのだろう。
の家に生まれたものはとして恥じないように生きなければならないのに


、アイツはおまえの幸せを願ってこのオレに預けたんだ。」

「そう…でも、もうここまでね。お世話になりました。」

「おい!待ちやがれアホンダラ!」



白ひげの制止も聞かず、は部屋を後にした。
運の悪いことに島への上陸はもう目前に迫っている。



「おじい様…今、いきます」







































モビーディック号が停泊したのはさほど大きくはない島だったが
流通の要な島であるためにぎやかで栄えていた。
普段から賑やかな島であるのだが今はが処刑されるニュースが駆け巡りより一層ざわついている。
ここからプロビデンス島はそうは離れておらず、定期船が出ている。


おそらくは自ら処刑場所に殴りこんでいき、の一人として死ぬつもりなのだろう


白ひげもそれを読み取り、船から出させるなと言ったが時すでに遅し
島に停泊するや否や、は船を飛び出していった。





「マルコ!」

「どうしたよい、親父?」

が知っちまった…おそらくアイツは…死ぬ気だ。」

「な!?そんなこと、させねぇよい。」

「マルコ、オレはもうあいつを娘だと思ってる。あいつが望むのならこの船に迎え入れるつもりだぜ。」

「わかったよい。」

「お前にしか、できねえことだな。あいつを頼んだぞ。」

「…ああ。」


最初から、娘と思っていた。
願わくば娘と息子が幸せな結末を迎えれるよう
世界最強の海賊はただただ祈るしかできない。
頑固な娘を持ったものだな、アホンダラ


























プロビデンス島行きの定期便はちょうど出港するところですぐさま飛び乗った。
ぐずぐずしているときっと白ひげのおじ様は私を止めようとするしね。
おじい様、あなたを一人では死なせないわ。
バルコニーの手すりの向こうに見える太陽は頂点を過ぎ、夕暮れへと時が流れていく。

「あ、そういえば処刑っていつなのかしら…」

「おや、お嬢さん。あんたも見に行くのかい?の処刑を。」

「え…ええ、そうよ。でも時間を忘れちゃって…」

「そうかい、そうかい。ならラッキーだよ。処刑は日の沈むころだからね。今からなら十分に間に合うさ。」

「そう、ありがとう。」

老紳士が人の良い笑顔を残して船内に入っていく。
とても親切な人だこと。
ラッキー…か。
ずいぶん陽気におじい様の処刑を見物しに行くのね。
この船に乗っている人はみんなそうなのかしら。
人が一人死ぬのが、そんなに面白いの?

でも、今までは私もそちら側だった。

悪者が海軍に処刑されることは当たり前だと思っていたから。
じゃあおじい様は悪人なの?
悪とは一体誰にとっての悪なのでしょうね。
私が、人々が信じている絶対正義って一体何なのかしら。







「物事の本質を見抜くのは、こんなに難しいことなのね。」





「お前はまだまだ世間知らずのひよっこだからねい。」




「マ、マルコ!?」






先ほどまで誰もいなかったはずの隣にマルコがいた。
いったいいつのまにここへ来たのだろうか。

「どうして、ここに?」

「見物にでも行こうかと思ってよい。」

「そう、ならちょうどよかったわね。十分間に合うそうよ。」

「ああ、本当によかった。間に合ったよい。」


マルコは両腕で私の肩をつかみ、強引に向かい合わせになった。
私はただただ俯くしかなかった。

「何をする気だよい。」

「………」

「答えろ、

顎を持ち上げられ目線があげられる。
強い視線に捕えられ、逸らすことができない。

「おじい様の最後を見届けに行くだけよ。」

「その後は?の肩書が無くなった今、おまえはどうやって生きていくんだよい。」

「んふふ、私は家のお嬢様よ?が無くなったら…生きていけないに決まっているじゃない!」

「死ぬ気かよい?」

「あなたには…関係のないことよ。」

「関係ないだと?」

「そうよ、私は白ひげのお客。客が船を下りたんだからもう関わりのないことだわ。だから…」

「オレは、お前にとってなんなんだよい。」

「それを今聞くの?」

「今じゃなけりゃいつ聞くんだよい。」

「………」

「オレにとってお前は愛おしい女なんだがねい。」

「お願いよ、もうこれ以上私を追い詰めないで。」

「はっ、お前が勝手に追い詰められてるだけだろうがよい。もう、お嬢様でいる必要はないんだよい。お前はただのだ。」

「違う…!」

「オレはお前を生かすよい。どんな手段を使ってでも。」

「マルコ…私にとってもあなたは愛しい人よ…だけど、お願い!私をとして死なせて…!」


の瞳から雫がこぼれおち
頬には一筋の跡が光る
これがを背負うの殻の最後の一枚なのだろうか
死を覚悟した強い殻、だが知っている
この殻は偽りの覚悟であると。
その奥にあるものをマルコは知っている。
相変わらず頭の固い奴だよい、やっと手に入れたわがままお嬢様をこのまま手放す気は更々ないのだ。
マルコはきつくをその胸の内に抱きしめ、その耳に囁いた。




、それだけは聞けないよい。」














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